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一般的な戦略論

それでは、知財戦略についての説明に入る前に、まずはその基本となる事業戦略からみていくことにしよう。とはいっても、事業戦略なんて難しそうなどと思う必要はない。いわゆる事業戦略などの戦略論が難しそうに思えるのは、いわゆる経営コンサルタントや、経済学部・ビジネススクールなどの学者先生が、自分の値打ちを高めて金を儲けるために、意図的になんだか難しそうな高尚な体裁を繕っているだけの話である。
要は、どんな事業戦略も言っていることは同じである。すなわち、事業は儲かってこそ意味がある(儲からなきゃ給料も税金も払えない、儲からなきゃ研究開発もできない、儲からなきゃ潰れる、儲からないなら借金が膨らむ前にとっとと辞めるが吉)。ただこれだけのことである。以上終わり。しかし、それだと身も蓋もないし、大人の事情もあって、あーだ、こーだ屁理屈を言っている・・・のかもしれない。

■マイケル・ポーターの競争戦略(強者の戦略)
まずは、世界一有名な経営学者であるHBS(ハーバードビジネススクール)のマイケル・ポーター教授の競争戦略論から見ていこう。マイケル・ポーターの学説で一番有名なのはいわゆる「バリューチェーン理論」であろう。この理論は、要するに、「特定の産業において製品が川上から川下へ流れていく各ステップで付加価値が発生する」という理論である。そんなこと小学生でも知っている・・・と突っ込みそうになるが、英語で言うとなんだかカッコイイので一般受けしているだけである。この理論から特に学ぶべきものはないのが現実である。

次いで有名なのが、その名もずばり「競争戦略理論」であろう。「自社の事業環境を分析して有利なポジションを確保しなければ、どんなに業務効率を向上させても利益率は大きく改善しない」という理論である。要するに、儲からん商売はどんなに頑張っても儲からんが、儲かる商売はさぼっていても儲かるのだから、一生懸命働くよりも、要領よく旨い汁を吸う奴が偉い・・・という身も蓋もない理論である。少し詳しく説明すると、(1)コストリーダーシップ戦略(ライバル企業以上の低コストの実現)、(2)差別化戦略(ライバル企業には提供できない独自製品の提供)、(3)集中戦略(特定の顧客グループへの経営資源の集中)という3つの戦略のいずれかを選択するべきだという内容である。これもやはり小学生でも知っている・・・と突っ込みそうになるが、何でもかんでも「戦略」と言うとなんだかカッコイイので一般受けしているだけである。やはりこの理論からも特に学ぶべきものはないのが現実である。

■ランチェスター戦略(弱者の戦略)
フレデリック・ウィリアム・ランチェスター(Frederick Wiliam Lanchester、1868年10月28日-1946年3月8日)は、イギリスの自動車工学・航空工学のエンジニア、王立航空協会の名誉会員である。このランチェスターが、1914年に勃発した第一次世界大戦に際し、ピタゴラスの定理にヒントを得て、2つの軍事的法則を考察、発表した内容が、現在では「競争の法則」と呼ばれる以下の「ランチェスター法則」となった。

(i)第1法則「一騎打ちの法則」(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)
A0-At=E(B0-Bt)
A0はA軍の初期の兵員数 
Atは時間tにおけるA軍の残存する兵員数
B0はB軍の初期の兵員数
Btは時間tにおけるB軍の残存する兵員数
Eは武器性能比(Exchange Rate)=(B軍の武器性能)÷(A軍の武器性能)

純粋な白兵戦と一対一の戦闘を前提として、戦闘力が優勢な方が勝利し、勝利側の損害は劣勢の戦闘力と等しくなる。武器性能比Eが1の場合(武器性能が同じ場合)、例えばA軍5とB軍3が戦ったら、A軍が勝利して2(=5-3)の兵員が残る。この第1法則は「一人が一人としか戦えない」という場合に適合する。つまり、槍や刀など接近戦の武器を使って、互いに戦った場合である。

(ii)第2法則「集中効果の法則」(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)2
A0^2-At=E(B0^2-Bt^2)

銃器、火砲、航空機が発達して一人が多数に対して攻撃が可能な戦闘を前提とし、双方の戦闘力を二乗した上で戦闘力が優勢な方が勝利するが、第1法則よりも兵員数の優位性が高い。Eが1の場合、例えばA軍5とB軍3が戦ったら、実際の戦力差はA軍25対B軍9であるため、A軍が勝利し、4(=(25-9)1/2)の兵員が残る。第2法則は、一人が複数の敵を攻撃できる場合に適合する。つまり銃、大砲などの遠距離兵器・近代戦以降の兵器を使った場合である。

(iii)最適戦略(第一法則または第二法則のどちらで闘うか)
ここで、ランチェスター法則の式を見ると、もし初期の兵員数を変えることができないとしたら、勝つためにはEを増やす、つまり性能のよい武器を使うことが重要(=特許出願の明細書のクオリティーを高める)であることがわかる。しかし、それ以上に大切なのが、第1法則と第2法則のどちらを使って戦闘を行うか(強者の戦略をとるか、弱者の戦略をとるか)、ということである。

(iv)強者戦略(自社が大企業、相手がベンチャー企業の場合)
第1法則と第2法則を比較すると、A軍の損害は、第2法則を適用したときのほうが少ない。よって、強者であるA軍は、できるだけ軍力を残すように第2法則を適用できる戦場で戦うべきである。すなわち、実際の戦闘で言うならば、関ヶ原の戦いにおける徳川軍のように、広大な平原に軍を展開し、敵を包囲殲滅すれば損害が少なくて済む。また、マーケティング戦略で言うならば、様々な分野に手を伸ばすことで、間隙を突いてのし上がろうとする他社の行動を防ぐことができる。一般化して述べれば、強者のとるべき戦略は追随戦略で、敵と性能が同じ武器を持ち、広い戦場で、多対一で戦い、遠隔戦を行い、力を総動員して圧倒することである。

つまり、自社が大企業である場合には、知財戦略の基本は「質より量」「数は力」であり、特許出願の明細書のクオリティーは並でよいので、とにかく多数の特許権・特許出願を、自社の事業に関連する技術分野(および将来進出する可能性のある技術分野)に大量に特許出願するパテントクラスター戦略・パテントウォール戦略を行うべきであるということになる。

(v)弱者戦略(自社がベンチャー企業、相手が大企業の場合)
第1法則と第2法則を比較すると、A軍の損害は、第1法則を適用したときのほうが多い。よって、弱者であるB軍は、できるだけA軍を倒せるように第1法則を適用できる戦場で戦うべきである。すなわち、実際の戦闘で言うならば、桶狭間の戦いにおける信長軍のように狭い谷間のような場所に軍を進め、例え銃や大砲を使用しても一人で多数を攻撃不可能な状況にして、接近戦・一対一の戦闘にもっていけば、A軍の損害を増やすことができる。もちろん第1法則においても多数であるほうが優勢であるのは間違いないので、敵を分散させて各個撃破していく事も大切である。また、マーケティング戦略で言うならば、一つの特殊な分野に特化することで、そこまで手を回す余裕のない大企業の隙を突いてのし上がれる。一般化して述べれば、弱者のとるべき戦略は差別化戦略で、敵より性能のよい武器を持ち、狭い戦場で、一対一で戦い、接近戦を行い、力を一点に集中させることである。

つまり、自社がベンチャー企業である場合には、知財戦略の基本は「量より質」「物質特許は最強」であり、特許権・特許出願の数は少なくてよいので、とにかく特許出願の明細書のクオリティーを高め、他社が手薄な技術分野に集中して特許出願するゲリラ戦略を行うべきであるということになる。

(vi)抗体医薬ベンチャーの取るべき知財戦略
つまり、抗体医薬ベンチャーをはじめとするバイオベンチャーが取るべき知財戦略は、マイケル・ポーターの競争戦略理論で言えば、差別化戦略(差別化とは同業他社と違うものをもつこと、あるいは、違うやり方をとることをいう)が基本となる。なぜなら、ランチェスター戦略でも示されているように、弱者が強者と同じことをしていたのでは、まず勝ち目はないからである。バイオベンチャーは、一般に零細資本が多いため、大手製薬メーカーの事業戦略はそのままでは参考にならない。

すなわち、ランチェスター戦略から導かれる弱者の5大戦略を整理すれば、
A.局地戦で戦う(徹底的に狭い技術分野にのみ研究開発資源、知財予算をぶちこむ)
B.一騎打ちに持ち込む(ライバル企業の手薄な技術分野に研究開発資源、知財予算をぶちこむ)
C.接近戦で戦う(顧客の研究所・工場・臨床現場などに潜りこんで、現場ニーズをすくい上げて特注・受注生産を行い、顧客仕様に最適化した製品構成について特許出願して、顧客インターフェースをガチガチに握り込んで、ライバル企業が割り込めないようにする)
D.一点集中主義に徹する(ライバル企業が強い技術分野には一切研究開発資源、知財予算をぶちこまない)
E.陽動作戦を展開する(ライバル企業の優秀な人材をヘッドハントしたり、あるいはヘッドハントの噂を流したりすることによって、ライバル企業内部で疑心暗鬼を起こさせて優秀な人材を退職させ、ライバル企業の研究開発部、知財部を内部からガタガタに壊す)

ということになる。卑怯に思えるかもしれないが、生き残るためには仕方がない。
あるいは、以下の3つの基本原則にまとめることもできる。

F.ナンバーワン主義
ナンバーワンとは、2位以下の企業に3倍以上の特許権・特許出願の件数を確保している圧倒的な強者のこと。ある狭い技術分野でナンバーワンの特許権・特許出願の件数を獲得することで、競争においても、利益額の確保においても、非常に優位な位置にいることができる。このように小さな技術分野であっても、ナンバーワンの地位を築くことで、他者の攻撃を受けずに、次の戦略に移ることができる。

G.足下の敵攻撃の原則
ある技術分野で特許権・特許出願の件数が1位の企業は、競争において優位性を持っている。そのため、1位の企業にやみくもに戦いを挑むことは、無謀な行為だと言わざるを得ない。実際のビジネスにおいては、競争目標はあくまでも1位の企業であっても、攻撃する対象は、自分より弱者である下位の企業であるべき。勝ちやすきに勝つ。これが、戦略における基本の真理である。自分より下の企業を叩いて、自らの力を蓄え、しかるべき1位との戦いに備える。それが、勝つためのルールである。

H.一点集中主義
ひとたび技術分野のセグメント化を行い、特許出願目標を設定したなら、その技術分野に集中して特許出願することが必要である。知財戦略のない企業は、集中することができずに、儲かりそうな技術分野に散発的に特許出願することに知財予算を費やす。それでは、単に知財予算を無駄に消費するだけではなく、貴重な研究開発部・知財部の工数を浪費していることになる。知財戦略とは、不要な技術分野を切り捨てることであると肝に銘じなければならない。戦争においても、知財戦略においても、「兵力の小出し」は、負けるための最大の戦法である。どんな小さな技術分野であっても、ナンバーワンの地位を確保するまでは、自らの知財予算を集中し続けなければらない。

3)デル・ハートの戦略論(間接アプローチの重視)
サー・ベイジル・ヘンリー・リデル=ハート(Sir Basil Henry Liddell-Hart,1895年10月31日-1970年1月29日)は、イギリスの軍事評論家、軍事史研究者、戦略思想家である。

リデル・ハートの間接アプローチ戦略(Indirect approach strategy)とは、正面衝突を避け、間接的に相手を無力化・減衰させる戦略をいう。第一次世界大戦後、リデル・ハートによって提唱された。
リデル・ハートの間接アプローチ戦略は、現在でも英国の国家戦略として採用されており、英国の国家戦略においては、相手国と正面から武力衝突するのではなく、間接的な手段として同盟国(米国・大英連邦諸国・イスラエル)への支援や、シーパワーを駆使した経済封鎖・通商破壊などの間接的な手段を用いて弱体化させ、政治目的を達成しようとする戦略である。軍事戦略レベルにおいては、単に敵の戦力を撃滅するのではなく、後方連絡線や指揮系統の破壊によって敵を無力化する戦略を指す。

リデル・ハートの戦争の原則
リデル・ハートの説く戦争の原則は、6つの積極的側面と2つの消極的側面から構成される。

(i)積極的側面
A.目的を手段に適合させよ(知財予算を超える規模の知財戦略を立ててはいけない)
B.目的を常に念頭に置け(事業戦略・研究開発戦略と三位一体の知財戦略)

C.最小予期線を選択せよ(事業目的・研究開発目的を達するための最短ルートとなるような知財戦略を選べ)
D.最小抵抗線を利用せよ(ライバル企業の知財ポートフォリオの最も弱い技術分野を狙え)
E.代替目標のある作戦線を選択せよ(常に次善の策を用意しておけ)
F.状況に対する柔軟性のある、計画および配置を心がけよ(状況に応じて知財戦略を変更せよ)

(ii)消極的側面
G.敵が防御態勢を整えている間は攻撃するな(自社よりも強力な知財ポートフォリオを有するライバル企業とは闘うな)H.一度失敗した作戦線で再攻撃をするな(手を変え品を変え、ライバル企業を攻撃せよ)